「屋根をかける人」2017年05月10日 13:34

「『日本人として生きること』を選んだアメリカ人建築家の壮絶な一代記」とのキャッチフレーズの物語、ちょっと文体に違和感を持つことが多かったが、2つの戦争をはさんだメリル・ヴォーリズの波瀾万丈な人生、そしてその内面に迫る内容に感動した。
そもそも、この本を読む動機といえば、私の祖母の姉がヴォーリズの片腕として知られる吉田悦蔵の妻、清野であるという事実で、ヴォーリズの人生そのものに感動することは全く期待していなかった。
その、期待した「清野」への描写は僅かしかなかったが、悦蔵とヴォーリズのつながりの濃さについては丁寧に描かれていたと思う。
近江八幡という土地で伝道師としての人生を始め、建築士として、重要文化財指定の神戸女学院大学の建物群を含む2000軒以上もの設計を手がけ、メンソレータムを生産する近江兄弟社の事業家として名を成し、華族の娘と結婚し、常に陽の当たる世界を生きてきたアメリカ人ヴォーリズが、戦争中に神国日本の精神主義を生き延びるために、日本国籍を取得し、キリスト教伝道師でなく地元の神社の氏子となるべく努力するくだり、そして最終的には、偏見の少ない、外国人が多く暮らす、軽井沢に居を移すあたりには胸が痛んだ。
終戦後は、マッカーサーと近衛文麿との仲介工作を行い、現憲法の中に唱われる人間天皇、その存在について助言することになる。そして、天皇には、直接、皇居の庭で「ありがとう」という言葉をかけられる機会まで持つところはこの物語のハイライトだろう。
最後はくも膜下出血で倒れ、愛する近江八幡にもどり7年の闘病生活の後に、1964年、83歳でこの世を去った。彼の遺骨は、近江ミッションの人々のための納骨堂「惜春園」に眠っている。
5年前の近江八幡訪問の折には、レンタカーで私の曾祖父母も眠るその惜春園を訪ねた。地元の人々にその場所を尋ねても知らない人が多かったこと、中心から離れた、寂しい感じの納骨堂だと思ったことを思い出す。

コメント

_ グリーンピース ― 2017年05月11日 12:35

ヴォーリズの名前は知っていましたが、戦後にそんな働きをした人とは知りませんでした。

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